大台ヶ原は、奈良県と三重県のあいだ、吉野熊野国立公園のただ中に位置する広大な山岳台地だ。最高点は日出ヶ岳の1695メートル。森のさりげない王のように地平線を見渡している。日本百名山に名を連ね、ユネスコ世界自然遺産の生物圏保護区にも登録されているにもかかわらず、長らく定番の観光ルートから外れたままだった。孤立し、しばしば霧に飲み込まれる大台ヶ原は、雨と風と沈黙によって形作られた、過酷な土地だ。
奈良と三重のあいだに浮かぶ、別世界



だが、まさにこの引きこもったような性格が、ここをこんなにも特別な場所にしている。派手な火山もなければ、きらびやかな寺院もない。ここに来て探すのは、濃密に変化する自然への、全身没入だ。原始的な美しさ。歩みをゆるめ、森の中の木道に従う気になったとき、大台ヶ原は少しずつ姿を見せ始める。一歩、また一歩と。
木道に支えられた、ゆるりとした禅のハイク



大台ヶ原の魅力のひとつは、逆説的にワイルドでありながらリラックスできるハイキングだ。東側のメインの周回コースは最初から最後まで道標完備、かなりの部分が木道になっている。これらの木道は、脆い植生を守り、土の浸食を防ぎ、ついでに、お尻が泥まみれで終わる事態も避けてくれる(それは常によいことだ)。
標高差は控えめで、道筋は明快。10分おきにGPSを見る必要もなく、茨と格闘する必要もない。ほとんど簡単すぎるくらいだ…が、こんな風景の中では、それも気にならない。


大蛇嵓、虚空に張り出すバルコニー
そして、すべてが反転する瞬間が来る。道は突然開け、木々が左右に退き、目の前に大蛇嵓(だいじゃぐら)が現れる。底なしの虚空の上に張り出した巨大な岩の張り出し。正面には霧に包まれた稜線、足元には雲が渦巻く絶壁。


慎重に踏み出す。手すりはない(日本はあなたを信頼している…あるいはあなたのカルマを試そうとしている)。剥き出しの岩と、口笛のように鳴る風だけ。何分もそこに立ち尽くし、めくるめくパノラマから目を離せなくなる人もいる。セルフィを一枚撮って、小刻みに後ずさる人もいる。高所恐怖との付き合い方は、それぞれだ。
幽霊の木々の森



このアドレナリン・ショットのあと、静けさが戻ってくる。道は正木ヶ原(まさきがはら)へと続く。驚くべき風景だ。白く乾いた幹、死んでなお立ち続ける木々が、固まったシルエットを立ち上げている。これらの木々は、1959年の伊勢湾台風になぎ倒された仲間たちの兄弟だ。それ以来、ずっと耐えている。動かないと決めた幽霊のように。



現実への帰り道


周回路は、やがて閉じる。道はおなじみのものに戻り、ビジターセンターはもう遠くない。そして、それとともに自動販売機(これほど缶のあったかいお茶が美味しく感じられたことはない)。立ち去るとき、もう一度後ろを振り返る。大台ヶ原は、古典的な意味で派手な場所ではない。やさしく勝ち取られる場所、自然がまだ文明に対して頑張っている場所だ。



