Giant weathered Game Boy mailbox beside a paved forest path among dense green trees.

謎のゲームボーイ型郵便受け

香川県・讃岐の山あい、小さな道のかたわらに、巨大な灰色のゲームボーイが佇んでいる。竹やぶと苔と湿気に挟まれて。

スタートを押しても、何も起こらない

この巨大なゲームボーイは「ビッグゲームボーイ(BGB-001)」と呼ばれるもので、発売後に日本でゲームボーイを宣伝するために使われた店頭デモ機だ。内部には改造基板につながれた本物のゲームボーイが隠され、映像をテレビに映し出せる仕組みになっていた。ショーウィンドウがデジタルなミニ遊園地のようになるずっと前に、店頭でゲームを見せるための、なかなかぶっ飛んだ装置である。

正面の大きなボタンは、実は遊ぶためのものではなかった。見せかけだ。本当の操作は画面の下に隠された内蔵ゲームボーイで行い、巨大なプラスチックの本体は「役立たずのスター」を演じていた。店頭仕様の時点で、この代物はすでに見事な嘘だったのだ。

店頭から路傍へ

あるとき、誰かがこの抜け殻を手に入れた。どうやって?それは謎だ。わかっているのは、画面がくり抜かれ、郵便受けを差し込むために切り取られたということ。かつて携帯型の夢を売るために作られた巨大なゲーム機が、いまや郵便を受け取る身になった。任天堂の販促物が、請求書やチラシ、市役所からの手紙の受け皿に。まるでお役所的な俳句のようである。

日本のメディア J-Town Net は、香川県さぬき市大川の地元郵便局にまで取材している。回答は、郵便局が設置した正式なポストではなく、私有地に置かれた私設の郵便受けだ、というもの。だからここに葉書を入れても、どこにも届かない。ただ誰かのゲームボーイの中に収まるだけ。詩的ではあるけれど、あまり実用的ではない!

消えるはずだった任天堂の遺物

このオブジェがさらに味わい深いのは、ビッグゲームボーイが本来、野ざらしで一生を終えるはずのものではなかったからだ。非売品の販促機材で、使用後は回収されるのが普通だった。だからこそ、いまや中古市場で希少なのだ。2025年には、ハードオフの店頭で220万円の値が付いた個体まで現れた。

森の中の猫の置物とゲームボーイ型郵便受け

この郵便受けは、通常のルートから外れてしまった任天堂の店頭什器のひとかけらだ。香川で雨に打たれ続ける、生き残りである。

ガイドブックが整理できない日本

この手のものが好きなのは、それが「整理」に抵抗するからだ。美術館の展示品でも、アトラクションでも、「外せないスポット」の象徴ですらない。これはバグだ。風景の中の小さな事故。ゲームボーイは修復もされず、ライトアップもされず、ロープで守られてもいない。ただ外に置かれ、古びた門や、忘れられた自動販売機、もう誰も照らさない喫茶店の看板のように、静かに歳を取っている。そして朽ちれば朽ちるほど、美しくなる。きれい、という意味ではない。インスタ映えして飼い慣らされた美しさでもない。「二度と再現できない」という意味で、美しいのだ。

なぜこんなに刺さるのか

それは、ゲームボーイが一目でそれとわかる存在だからだ。テトリスをクリアしたことがなくても、カートリッジに息を吹きかけたことがなくても、子ども時代がプレイステーションやたまごっち、あるいはもう大きすぎる携帯電話の画面だったとしても、このシルエットは何かを語りかけてくる。

緑深い森の中に隠れたゲームボーイ型郵便受け

初代ゲームボーイが日本で発売されたのは1989年4月21日。灰色で、コンパクトで、頑丈で、正直あまりセクシーではなかったけれど、大事なことを理解していた。小さな世界を、人々の手のひらに収めるということを。だからこそ、このゲーム機が巨大になり、動かず、役立たずで、ほとんど植物のようになった姿を見ると、本物のショートが起きるのだ。

巡礼ではなく、寄り道

脇道や、道を踏み外したモノ、思いのほか堂々と外で老いていくポップカルチャーが好きなら、このゲームボーイは立ち寄る価値がある。ついでにこのあたりを巡るなら、瀬戸内海の島々、たとえば男木島や女木島は、高松から船ですぐだ。三時間の遠回りでも、任天堂のTシャツを着た神聖な探求でもない。ただ数分、とても日本的なアノマリーと向き合うだけ。かつての販促デモ機が郵便受けになり、まるでそれが当たり前であるかのように、竹やぶの中に佇んでいる。

あなたの番

日本があなたをどこへ連れて行くでしょう?

私の冒険からあなただけの旅程を作りましょう

例:「廃墟を巡る冬の旅」や「京都近くの隠れた寺院」 少々お待ちを、魔法が起きています...

205+ 探検する冒険