金沢で何をする?

金沢で何をする?

更新 5月 2026

金沢はおそらく、その実力に比して、日本でいちばん過小評価されている街だ。長らく「東京-京都-大阪」コースの「余裕があれば寄る」場所だった。2015年の北陸新幹線開業以来、東京から2時間半でアクセスできるようになり、旅行者がようやく立ち寄り始めた。彼らは、しばしば驚きとともに、1945年の空襲を免れ、江戸時代の街並みを保ち、京都が最も貴重に持っているものを、京都の観光密度なしに併せ持つ街を発見する。三日と、あとは流れに任せていい。

金沢は、日帰りでは足りない

江戸時代、金沢は日本第二の富を持つ街だった。一位は江戸(東京)。前田家が支配する加賀藩の城下町で、年間百万石の米を産出していた、当時の経済単位で、ざっくり言えば「非常に、非常に裕福」を意味する。この富が、庭園、陶磁器、漆器、能楽、織物、そして金箔の工芸を支えた。1945年の空襲は金沢を逸れた。大きな軍需産業がなかったことが理由の一つだ。都市の織物は、概ねそのまま残った、今、日本の大都市の中で、18世紀の通りをまだ歩ける数少ない街のひとつになっている。

ここはまた、金箔(現在、日本の金箔の99%が金沢産)、九谷焼、輪島塗の街であり、東京の魚料理と真剣に張り合う街でもある。そして驚くべきことに、日本の大都市の中で、もっとも静かな街のひとつだ。巨大さはなく、ネオンはなく、高架の高速道路もない。ひとつの「リズム」がある。

兼六園、日本三名園のひとつ

兼六園は公式に日本三名園のひとつとされている。あとの二つは偕楽園(水戸)と後楽園(岡山)。名前の意味は「六勝を兼ねた園」、宏大、幽邃、人力、蒼古、水泉、眺望、中国の古典理論によれば、これら六つの徳は同じ庭園に共存しないとされる。金沢の兼六園は、それらを併せ持つと主張している。たぶん、本当だ。

庭園のアイコンは徽軫灯籠(ことじとうろう)、池のほとりに立つ二本足の長さが違う石灯籠。金沢から持ち帰る一枚の写真だ。朝早く(7時開園、夏は4時から早朝開放・無料)、あるいは冬の遅い時間に行くといい。冬になると、木々は雪吊りで守られる、重い雪が枝を折らないように、上から円錐状に縄で吊る伝統的な仕掛けだ。雪吊りの兼六園は、日本の冬を象徴する一枚になる。

👉 春と冬の金沢については、別の記事で書いている。二つの季節は、まるで別の街を見せてくれる。

ひがし茶屋街、まだ生きている花街

ひがし茶屋街は、金沢に残る三つの茶屋街のひとつ。京都の祇園が、いまや写真の背景化しているのとは違って、ここの茶屋はまだ営業している。金沢には今もおよそ30名の芸妓(地元の呼び方では「げいこ」)がおり、いくつかの茶屋では今も座敷遊びが行われている。深い赤褐色の木の外観、木虫籠(きむすこ)と呼ばれる細格子の窓、夕暮れの濡れた石畳、日本でもっとも観光化されていないこの美学のヴァージョンが、ここにある。

見学可能なのは二軒:志摩(保存状態が最良。畳も三味線も当時のもの)と懐華樓(かいかろう。今も現役、金箔が貼られた杉の階段が見どころ)。各750円。朝のグループを避けたいなら17時頃に。

金沢の寿司、日本海の食卓

多くの日本人にとって、金沢は日本でもっとも寿司のうまい街のひとつだ。北の能登半島は、日本有数の漁場のひとつ。そして街の中心にある近江町市場(おうみちょういちば)は、1721年から地元のレストランが仕入れに通う場所。カウンターで直接食べることもできる、寿司はもちろん、冬には牡蠣、11月から3月にはズワイガニ。

高級なおまかせを東京価格を払わずに楽しむなら、野町の鮨めくみ(数週間前から予約必須)、ひがしの小松弥助がローカルのリファレンス。もっと手軽な体験なら、近江町のどのカウンターでも、築地で12,000円のものが4,000円で食べられる。

👉 ご当地の必食:治部煮(じぶに)。鴨肉に小麦粉をまぶして煮込み、燻製豆腐とセリを添える。金沢を代表する一皿で、他ではほぼ食べられない。

金沢のオフビートな寄り道

金沢は、国際的な観光のレーダーから外れている北陸地方を探索する、最高の起点だ。

👉 那谷寺(なたでら)、電車で約40分、小松の郊外。岩壁を背にした真言宗の古刹で、自然の洞窟、苔の小径、そして京都ではもう見つからない静けさがある。秋のもみじが圧巻。日本でもっとも美しい紅葉のパレットのひとつ。

👉 白米千枚田、能登半島の輪島近く、1,004枚の棚田が日本海に向かって階段状に降りていく。夏の青い棚田は壮観、冬は毎晩LEDで照らされて幻想的。金沢から車で約2時間(2024年1月の能登半島地震の復旧が進行中、出発前に道路状況を確認のこと)。

👉 金沢21世紀美術館、妹島和世/SANAAによる円形の建築。最も有名な作品は、レアンドロ・エルリッヒの『スイミング・プール』。プールの底に人が歩いているような錯覚を体験できる。平日に行かないと、行列になる。

(金沢周辺と能登の行程は、出発前に Ikuzo にまとめている。)

外国人にとって、日本人にとって

外国人観光客は主に、兼六園、ひがし茶屋街、近江町市場のために金沢に来る。二日で効率的に回れるが、中心部に偏った旅程になる。日本人は主に食を求めて来る。冬のズワイガニ、能登の寿司、伝統的な料亭での治部煮。そして工芸、金沢には国の工芸学校(石川県立工業美術科)があり、金箔貼り、九谷焼、友禅染めのワークショップ目当てに来る日本人は多い。三日いるなら、ワークショップをひとつ入れるといい。街のいちばん記憶に残るヴァージョンになる。

あまり知られていない事実

  • 金沢は日本の金箔の約99%を生産している。地元の湿度(全国でも有数の降雨量)がカギ、金属が打ち延ばし作業中に道具にくっつかないようにする。自分で金箔を作るワークショップに参加できる工房もあり、金箔のソフトクリームやコーヒーも売られている。観光的だが、意外と美味しい。
  • 禅を西洋に広めた哲学者鈴木大拙(D.T. Suzuki)は1870年に金沢で生まれた。彼の思想はビート・ジェネレーションからスティーブ・ジョブズに至るまで多大な影響を与えた。建築家・谷口吉生による「鈴木大拙館」は、おそらく市内でもっとも穏やかな建築体験だ、静かな水鏡の中庭に座って、何もしない、というだけの場所。
  • 金沢城は1631年から1881年のあいだに少なくとも4回焼失した。現在の復元(石川門と主要構造物)は20世紀後半の作業によるものが大きいが、伝統的な木組み技法(釘を使わない)で造られている。
  • 金沢はかつても今も、能楽の重要な拠点だ。前田家が宝生流のパトロンだった伝統が続いており、「金沢能楽美術館」では毎月公演があり、東京よりずっと敷居が低い。
  • 武家屋敷の長町地区には、冬に下から壁を温めて雪による侵食を防ぐ、土塀の通りがある、完全に手付かずで残っている工夫の典型例。
  • 金沢から1時間南、福井沖で獲れる越前蟹(えちぜんがに)は、政府発行の黄色い品質タグが正式に付けられる日本で唯一の蟹だ、「ラベル付き」の甲殻類は、これだけ。

いつ行くか、どう行くか

東京から:かがやき(直通)、2時間30分、14,000円。京都・大阪から:特急サンダーバード、2時間15分。小松空港(KMQ)から:中心部までバスで40分。

いつ:金沢のいちばんの季節は冬。ズワイガニ、兼六園の雪吊り、長町の雪屋根、おそらくもっとも美しいヴァージョン。4月(桜)、11月(那谷寺の紅葉)も素晴らしい。夏は蒸し暑く、6月初旬の百万石まつり目当てでなければ避けたほうがいい。

滞在日数:三日。一日を兼六園+ひがし茶屋街+中心部に。一日を近江町+ワークショップ+21世紀美術館に。一日を寄り道(那谷寺、能登、あるいは山代・山中温泉)に。二日でも可能だが、削った分の後悔が残る。

金沢が、そっと言っていること

金沢は大声を出さない。出す必要がない。250年にわたって、戦争を避け、戦争が破壊するもの、庭園、漆器、能、料理、を育てることで、日本第二の富を維持してきた。1945年の爆弾は逸れた。新幹線は2015年に来た。それでもなお、ひがし茶屋街を冬の夕方に歩くと、はっきりとした印象が残る、本質的なものは、何ひとつ動いていない、と。金沢は、ある意味で、日本の都市の中でもっとも「礼節」という概念そのものを保ってきた街だ。立ち去るとき、なぜもっと長く居なかったのか、と自問する。