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華麗なる一族廃墟 | 過去への旅

華麗なる一族廃墟 | 過去への旅

最初は、噂だけが流れていた。しかし、現在ブログの世界では、この話題で持ち切りだ!この廃屋には、皆情熱をかき立てられるようだ。このロイヤルハウスの謎のパズルのピースをつなげていきたいと思う。もし、この話の序章を読んでない場合は まず読んでいただきたい 。

この家族に対して敬意を示すとともに、この記事を捧げたいと思うので、皆さんにもそう考えていただけることを感謝している 。

Back at the Royal House.

この家に関する、前回の記事ではかなりおおまかな情報を出した。初めて訪れた時だったので、自分が何を発見したのかということさえ良く理解出来ていなかった。この情報や事実をもっと調べて、事の核心に迫り、仮説を立てる前にもっとその物証をつなげて行こうと思う。スコットランドヤードの都市探検だ!

ホテルオークラ付けで川井清美という人物に宛てられた手紙や、ホテルの大量の請求書が、この家の入り口付近に山積みになっている。これで最初の道順が見えて来た。まずは、東京にあるホテルオークラに行こう。

Hotel Okura

まずは、無邪気な感じでフロントデスクに行って川井清美という人物がまだここに滞在しているか尋ねた。 「ああ、かなり昔のことですね! 」と、古いコンピュータで5分ほど調べてくれた係が言った。「でも、こちらは個人的な情報ですので。」それはわかっている。その日の午後は、私はホテル内を色々まわってみた。古くからあるホテル内の店や、喫茶店の従業員に話をしてみたが、きれいではあるが古いカーペットのにおい以外は大して何も思い出せない。その時期のことを知っている人二人とだけ話せたのだが、ここに住めるほどの財力のある家族ならば、どこかで近くで買い物もしていたに違いないと言う。確かに、そうだ。ラッキーだ。次に進む道が見えて来た。

東京の寺

この家の中には、家族の墓の多くの写真や1973年と書かれたお礼状等があった。この礼状は、家族の墓の管理をしている寺からのもので、川井家からの多額の寄付に関する礼状だった。新しい方向が見えて来た!

Family Tomb Photo

Temple in Tokyo

どちらかというと小さめの寺だが、かえってこのくらいの方が分かりやすいかもしれない。寺の住職の小さな家がすぐそばにあった。私は一番大きなレンズを装着したカメラを肩に提げてドアをたたいた。パリにある「20分」という無料誌の記者を装うことにしたのだ。すぐに年老いた男性がドアを開けた。老人は、はっきりではないが、その家族のことを覚えていて、名前や日付等の興味深い詳細も教えてくれた。それから、寺の記帳を開き、この家族のことだけが書かれたページを見せてくれた。情報は行書で書かれているので解りづらい。多くの名前は載っているが、日付や関係が書かれていなかったが、その中で発見した事実の多くをこの記事に書きたいと思う。まさに私が必要としていることだった!

Family Tomb Photo

この家族の調査の最後の大詰めにはいった感じだ。この小さな寺と、特に、この老人の記憶が無ければ、いったいどこに情報があるのだろう?ここには家族の墓もある。子孫もおらず、生き残りの家族はいない。この墓を訪れる人はめったにいないので、別の場所に移動されていた。なんと悲しいことだろう。この家族はもう永遠に忘れ去られている!心から祈りを捧げたいと思った。

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ジョンとすぎこは同じ卒塔婆(仏教で、亡くなった人の名前等を書き供養の為に建てる木製の板)に載っている。外国人が日本人の家族と一緒の墓に入っているとは興味深い。今回入手した情報で、この多くの写真の違った見方が浮かんで来て、新しい接点を見つけることが出来た。でも、これ以上先へ進む前に、まずは主な関連人物をまとめてみよう。

関連人物

母親。川井くま(? – 1965)

写っているのはかなり険しい表情ばかりだ。きっと年がいっているからだろう。

Kuma

父親。川井まさき

なぜか、まさきは全ての写真から切り取られており、どのような風貌だったのかを知る由は無い。

Masaki Kawaii

ガイジン。ジョン・ジャーウッド(1918 – 1991)

前出の写真でエリザベス女王の横で一緒に写っていた英国紳士。

John Jerwood

ジョンの妻。川井すぎこ(1919 – 1997)

ジョンと結婚していたので、ジャーウッド夫人と呼ぶことにする。

Royal House - Kiyomi 1942

すぎこの兄。川井じゅんじ(? – 1982)

すぎこの兄。

Junji Kawaii

姉。川井清美(1912 – 2004)

すぎこの姉。

Kiyomi Kawaii

妹。 川井清子

すぎこの妹。

Kiyoko Kawaii

それではまた、あの家に戻ろう!それぞれの人物を調べて、この屋敷も含めた歴史を探ろう。

父親:まさき

父親は完全な謎につつまれている。この家族の古びた写真は多く残されているのに、一枚残らず父親の部分は切り取られているのだ。なぜだろう?顔を全く見ることが出来ない。この写真に写っていたのはジョン(ガイジン)だという可能性もある。他の文書によると、父親は東京に大きな劇場を所有していたという。

Masaki Kawaii

母親:くま

全ての写真に、この老女が写っている。例の寺にいた老人の話によると、くまは90過ぎまで生きていたという。家族にとても敬われていたようで、この家族で一番謎めいた人物だと言える。彼女の視線は何かを見据えているように感じる。

Kuma

この老婦人が書かれたと思われる、侍ものの物語が残されている。趣味だったのだろうか?証拠はない。書いていることを判読するのはかなり難しいが、日本語が読めるなら試していただきたい。下の写真ではもうすでに80代か90代のようだ。この写真には家族が多く写っている。一番左端は清美、その横で白を着ているのは一番下の妹きよこ、その右横はジョン、、次に母親、中心の着物姿のすぎこが写っている。その他にさらに二人の外国人も写っている。

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下のこの奇妙な文書は何だろう?非常に貴重なものである:これは教育勅語 (教育ニ関スル勅語)といい、1890年のものだ。日本の教育の原則を示したもので、昔は日本のすべての教室に掲げられていた。この文書は、天皇の写真と同様に神聖なものとされていたのだ!しかし第二次世界大戦後は禁止され、破棄された。しかし、ここにはまだあった!母親は、教職についていて、退職後、執筆活動をしていたのか?

Imperial Rescript on Education

もう一人の家族を忘れてはならない。ポッポちゃんだ!ポッポちゃんは1972年から1979年まで生きており、その後にこの家族が飼っていた愛想の悪いネコ「ハッピーちゃん」のことは知らない。この鳩(!)のことを母親は非常に可愛がっていたようだ。

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Kuma Funerals

母親の葬式の写真で一旦終わる。すべての家族が写っており、非常に認識しやすい。今度は子供たちの話に移ろう。

兄:じゅんじ

じゅんじは昭和天皇の時代に外交官として働いていた。1936年にパリでジョンに出会った。家の中には非常に興味深い手紙が残されていた。元総理大臣の祖父にあたる鳩山氏からの署名入りのものだった。この手紙には(これも1936年のもの)鳩山氏がヨーロッパを訪問し、ヒトラーを含む、主要国の首脳と会談をしたこと等が書かれている(Ruins Riderの日本語ブログを参照)。ここでまた「華麗なる」接点を見つけた!

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じゅんじには、まさひろという息子がいた。しかし、4才で亡くなっているので(右の写真によると)、ここでじゅんじと一緒に写っている少年のはずはない。この家族の孫の世代は謎のままだ。下の写真は、1949年付のじゅんじの銀行通帳だ。たいした金額ではなかった。

Masahiro

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じゅんじの写真は多くはないが、ほとんどの写真は東京か自宅で撮られたものだ。私は右下の写真が好きだ。不機嫌そうなネコの態度を、じゅんじがおもしろがっているように見える。皮肉なことに、このネコの名前は「ハッピーちゃん」という。この大きな猫は、1956年から1970年まで生きていた。

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この破れたカーテンは左の写真の後方に写っているのと同じものだ。じゅんじがここに住んでいたことが証明された。しかし、この家族は元々長野の出身のようだ(清美の戸籍が証明している)

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ほとんどの写真で、じゅんじが丸眼鏡をかけているのに気づいただろうか?ここにあった。ほかの品々と一緒に箱に収められていた。

Junji Kawaii

他にも多くの写真があり、このダンスホールの写真もその一枚だ。おそらく東京で撮ったものだろう。その後、1982年にじゅんじが亡くなり、葬儀に集まった家族の写真もあった。ジョンの姉妹(とその夫?)らしき人物もいる。

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ジョン・ジャーウッド – 英国紳士

ジョン。最初に簡単に情報が見つかったのはジョンだった。例の「切り取られた人物」は彼だった。これは後で説明する。彼の父親は第一次世界大戦において将官だったが、1918年、ジョンが生まれたその年に死亡した。

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ジョンが18才の時(1936年)、パリでじゅんじに出会う。はっきりした理由が分からないが、父親が日本政府関係の仕事をしていた(真珠関連のビジネスにも関連があった)、良家出身のジョン自身も真珠取引に関わっていた叔父の元で働いていた等、二人が出会うことになったきっかけは色々推測出来る。すぎこは非常に若く(まるで昔の日本のスターのようにセクシーだ)、兄のとりのすけとも思われる(1902年3月生まれ)人物とジョンの母親と一緒に写真におさまっている。

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ジョンは、英国の名門学校を終えるとすぐに第2次世界大戦に徴兵される。大佐になったジョンは、ナチスからアリエリという町を解放した戦略を展開した。その功績を讃えられ、1943年に非常に名誉あるロイヤルクロスを与えられる。

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その後、ジョンは日本に移り住み、亡くなったばかりの叔父から完全に独立して、真珠ビジネスに再着手した。これにより、たちまち富を手に入れた。1948年に家を建て、1950年にはすぎこと結婚した。

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この家は、実は彼女の両親(と兄弟)への贈り物のようだった。というのは、ここにはジョンのものが何も無いのだ。それとは反対に、たくさんの贈り物がここにはある。50−60年代のテレビ4台は必要以上に贅沢だし、蓄音機や映写機等前回の記事を参照 )もあり、母親の肖像画もきっと贈り物に違いない。ジョンとすぎこは、東京都心に住んでおり、頻繁に旅行に出ていた。

レディ:すぎこ

ここにうつるすぎこも非常に若く、前出の「セクシー」な写真よりさらに若い。すぎこは1919年8月31日に生まれた。姉の清美は、1912年生まれ、妹のきよこは杉子より数年後の3月3日に生まれた。

Royal House - Kiyomi Wakai

Royal House - Kiyomi 1942

ジョンの東京の住所は彼の名刺に載っている。住んでいたところに行ってみよう!残念ながら、そこはもう撤去されていた。ここから見る東京タワーはなんだか暗くてぱっとしない。しかし、驚いたことに、ホテルオークラは至近距離だった。すぎこは、夫が留守の時にはここに頻繁に通った(ずっと後年、ここにすぎこが住み始める前のことだ)。

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家族に話を戻そう。清美は若くて美しいのに、なぜかいつも一人だ。彼女は日本人と結婚したが、今では家族とは一緒に住んでいない。

Royal House - Old Pics with Okasan

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真珠に関するものも多く残されており、これもその一つだ。触れていないぞ!

Pearl Business

パーティーやダンスの写真がたくさんある、、、この家族は上流の暮らしを送っていた。すぎこはジョンの姉妹とも仲が良かったようで、一緒に写っている写真が多く残されている。

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日本人女性は、若い時に切った髪の毛を、年がいってから使えるように保存しておく。この章のしめくくりにはふさわしくない写真かもしれないが、まあなれて欲しい 🙂

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残念なことに、すぎこの二人の姉妹に関してはほとんど何の情報も探せなかった。清美の人生は少し寂しそうだし、妹のきよこは結婚はしているものの、家族とは別居している。

 財団 (1977-1997)

ジョンは非常に裕福で、1977年に自分の財団(ジャーウッド財団 )を設立した。かなりの多額の寄付をしたようで、これでエリザベス女王の隣に写っていた写真の存在が説明できる。この財団は今でも非常に活動的で良く知られている。

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Gakuranmanは、この財団に関する本を購入して、彼に関する記事を書いているが、この本ではジョンのことはほとんど触れていないと書いている。しかし、今日行われていることの多くに彼の業績があるのではないのか?どうしてそれが忘れられるのか?創立者の功績を、なぜこの財団が闇に葬ってしまうのか?

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1983年当時の地下鉄路線図。当時、ジョンは東京にある一橋大学で影響力をもつ教授だった。

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家族の財産の名残がまだこの家に残っている。下の写真は当時の株券だが、なんと厚紙で出来ている!主に医薬品業界へ投資をしていたようだ。これらの企業は今日でも存在している。

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物語の終わりに近づいてきた。この家にはじゅんじの母親が住んでおり、姉妹も一時期はここに住んでいたようだ。ジョンとすぎこも休暇には遊びに来ていたのだろう。

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ホテルオークラの記事が床に落ちていた(1973年)。晩年のすぎこはホテルのカフェに毎日通っていたようだ。先に書いたように、彼女の自宅はとても近かったので日課になった。

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すぎこは少々気難しい客で、彼女が訪れるとスタッフは気を使ったようだ。しかし、ジョンは留守がちで、彼女をうらやましく思うものは多くなかった。下の写真では、三姉妹が勢揃いしており、ジョンもかなり老けてはいるがいつも明るい。

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立派なタンスの上にはジョンの姉妹の写真が飾られている。ジョンの母親の古い写真かもしれないが、、、

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ジョン、ジョンの姉妹、すぎこ、きよこが一緒に写っている最後の写真である。後ろに立っているのはホテルオークラの従業員。ジョンは1991年にニューヨークで亡くなっている。すぎこと清美はホテルに定住し、ひっそりと余生を送ることになる。きよこはどこかで、他の家族と暮らしている。

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すぎこと清美がホテルオークラで一緒に暮らしていた証拠がここに残っている。雄一郎という人物からの敬老の日のカードだ(1992年)。

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すぎこは1997年に78才でこの世を去った。葬儀に使われた遺影の写真には、真珠のネックスレスをつけたすぎこが写っていた。

Royal House - Sugiko Funeral Picture

ロイヤルハウス

沈黙の中で年月が流れて行く。しかし、ここに帰って来ている人物がいた。写真が証明している。何年も放置されていたこの家に帰って来たこの人物は?かみを束ねた面長の顔、見たことのある老女の顔だ、、、

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…清美ではないか?清美はここに戻って来ては、昔の思い出に浸るのだ。家の中で撮った古い写真が、ここには長い間誰も住んでいないことを物語っている(ほこりと、汚いテレビ)。これらの写真は、1983年から1986年頃に販売されたコダックフィルムVR CP-100で写されている。写真を撮ったのはジョンかもしれない!

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私が考えるこの家族の年表には、約10年のブラックホールがある。1982年と1986年のカレンダー以外には、80年代のものはほとんどなく、家の中で撮った写真はコダックを推測に使えば83年から86年の間位の時期である。1965年の母親の死、そして1982年のじゅんじの死後、ここに清美が一人で住んでいて、後年すぎこと東京で住み始めたのでないかと私は推測した。1986年に一旦戻って来て、ここで写真を撮り、その年のカレンダーをかけたというわけだ。写真で見る限り、家は非常に埃っぽい。多分4年ほど掃除されてなかった。すぎこは1997年に78才で亡くなった。2004年に91才で清美が亡くなると、ホテルオークラは姉妹の所持品をすべてまとめて、この家にヤマト運輸で運んだ。その品々は全部一緒に入り口付近に積まれている。

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現在のダイニングルームだが、これは以前もこんな感じだった。ところで、左上の古い写真を見て欲しい!モナリザだ。

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恋人たちの腕時計はまだここにあった。恋人とは誰のことだ?

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もう少しで忘れるところだった。例の謎のドアだ!鍵がかかったドア!実際には、ただのトイレだった。がっかりさせて申し訳ないが、何も隠されたりしていなかった。80年代以降の日本で、こんな財産のある家族が、こんなトイレの家に住んでいることは決して無い。

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これで、この家の歴史と、誰が住んでいたかがわかった。これ以上詮索するのはもうやめて、静かに休ませてあげよう。

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40年前、、、猫好きの川井じゅんじ、
その母親であり謎の小説家でもある母親、川井くまの家だった。
家は、1970年代後半に誰も住まなくなったが、
90年代後半までは川井姉妹が幾度かここを訪れている。
最後の正式な訪問者は、2003年にホテルオークラからの荷物を
ここに届けたヤマト運輸の配達人である。

The K家の全員は、現在は東京の美しい寺で眠る、、、
どこかでまだ生きているかもしれない清子を除いては。

私の最も好きな廃墟がある軍艦島も是非呼んでくださいね。

はじめまして

私は日本在住のフランスの写真家のJordy Meowと申します。私は日本に来たり日本に滞在する外国人のために、風変わりであまり有名でない場所の情報を見つけたりシェアしたいと思っています。私は書籍を出版したこともございますし、現在は綺麗なガイドブックのシリーズを新たに準備しているところです。

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