
カナディアンワールドの歴史と発展
カナディアンワールドは、もともとカナダの小説家ルーシー・モード・モンゴメリの『赤毛のアン』をテーマにしたテーマパークだった。創設者たちはプリンスエドワード島の小さな海辺の町の牧歌的な風景に感銘を受け、日本の最北の主要島である北海道の芦別にその模型を作った。


カナダの他の地域も再現されているが、ハイライトはアボンリー村のほぼ同一のレプリカだ。実物大のヴィクトリア様式の家々、ケンジントン駅、オーウェル学校…そしてもちろん緑の切妻屋根のアンの農場も!

すべてがモンゴメリの記述に忠実に再現されている。訪問者は、アンや彼女の「心の友」ダイアナなどの主要キャラクターを演じるパークの俳優と自撮りを撮ることができた。

パークは1990年代半ばにピークを迎え、1日約8,000人の訪問者を集めたが、1998年に閉園した。芦別市は町の観光振興を期待して、翌1999年に市営公園として再開したが、2019年10月で市営としての営業を終えた。


2020年4月からは、公園を存続させるために設立された「カナディアンワールド振興会」が、ボランティアの力を借りながら運営している。入園無料で、開園は4月下旬から10月下旬までの土・日・祝日のみ(公式サイト)。建物の一部ではいまお店が営業し、夜に街灯をともす「ストリート・ランプデー」も開かれる。それ以外の日は通りに人影がなく、カナダのゴーストタウンそのものだ。歴史は芦別市の観光サイト「星の降る里あしべつ」に詳しい。
日本人のアンへの熱狂
赤毛のアンは日本で国民的ヒロインだ。毎年約3,500人の観光客がプリンスエドワード島(本物の!)を訪れ、日本はこの人口15万人の小さな島の主要な観光客源の一つとなっている。
日本人のアンへの情熱は第二次世界大戦中に始まる。カナダ人宣教師が教え子の村岡花子に本を贈り、戦中に密かに翻訳され、1952年に出版された。アメリカに奨励され、本は広く出版され、米国務省が運営する図書館で配布された。


この活発で外向的な孤児の物語は、日本の急速な民主化のためのアメリカの計画の一部だったとされている。女性が伝統的な日本の役割から解放されることを奨励する自由主義的なプロパガンダだった。
しかしアンは単なる西洋文化の輸入品にとどまらなかった。彼女は日本文化の不可欠な一部となり、アーティスト、作家、漫画家たちによって解釈され、再解釈されてきた。

ほとんどの日本人は、テレビで見たから彼女を知っていると言うだろう。1979年、日本アニメーションは全50話のシリーズを放送した。監督は、のちにスタジオジブリを共に設立する高畑勲。画面構成には宮崎駿の名もあった。


本の主人公アン・シャーリーは、日本でポップアイコンになった。彼女の名を冠した学校では、子どもたちにプリンスエドワード島の地元の訛りで話すことを教えている。岡山の「グリーンゲイブルズ・スクールハウス」では、若い日本人女性にグリーンゲイブルズの架空のヒロインのように振る舞うことを学ぶ機会を提供していた。
北海道に残る、もう一つの「よその国の夢」の跡。中世ドイツをテーマにした廃墟遊園地、グリュック王国。