日本アルプスと日本海の間に位置する金沢は、本州にある石川県の県庁所在地だ。強大な前田家の本拠地として、かつては大阪や京都と肩を並べるほど栄え、今なお歴史遺産、伝統工芸、そして美しい庭園で名高い。


金沢は城下町(じょうかまち)であり、旧市街は城を中心に発展した。言い伝えによれば、芋を植えていた農民が土を掘り起こした際に金塊を発見したという。
金沢という名は文字通り「金の沢」を意味する。金箔はまさにこの街の特産品で、日本で使用される金箔の99%を生産している。
ひがし茶屋街 東山ひがし茶屋街

江戸時代(1603〜1867年)の有力都市といえば、芸者街がつきものだ。金沢は京都と同様、街のあちこちに茶屋が点在していた。
井上靖の『ある芸妓の回想』の物語は、そんな茶屋街の一つを舞台に展開される。



日本の茶屋は、俗説とは異なり遊郭ではなく、娯楽の場だった。裕福な客が訪れ、踊りや楽器演奏で宴を盛り上げる伝統的なもてなし役、芸者と共に宴会を楽しんだ。



1820年、国の社会改革の一環として、茶屋は市街地から離れた4つの地区にまとめられた。


現存する茶屋街で最も規模が大きいのがひがし茶屋街(東茶屋街)だ。京都の祇園と同様、日本の文化遺産に指定されている。中央の路地の両側には、「木虫籠(きむすこ)」と呼ばれる独特の木製格子を持つ店が軒を連ねている。

茶屋は江戸時代の文化において唯一、二階建てが許された建物だった。格子側の一階に入口があり、客をもてなす座敷は二階にある。



現在も金沢では42人の芸者が活動しており、そのうち12人がひがし茶屋街に所属している。約200年の伝統を守り続けている茶屋が2軒ある。お茶屋志摩と懐華樓だ。
兼六園
兼六園は、水戸の偕楽園、岡山の後楽園と並ぶ日本三名園の一つで、城の隣に約12ヘクタールの広さで広がっている。



この庭園は17世紀初頭、前田家の指揮のもとに造られた。火災で焼失した後、18世紀に再建され、1870年に一般公開された。
「兼六園」という名は「六つの概念を兼ね備えた庭」を意味し、完璧な日本庭園に不可欠な六つの要素を指している。これら六つの造園の原則は、対になって機能する。



第一の対は「宏大と幽邃」で、広々とした空間と親密な隅の対比で表現される。第二の「人力と蒼古」は、自然を最もリアルに再現しようとする細やかな技巧に見出される。第三の「水泉と眺望」は、大池と街を見下ろす高台に映し出されている。




大きな人工池「霞ヶ池」の周りを散策できる。季節によって景色は変化し、雪に覆われることもあれば、桜に彩られることもある。この変化は、庭園を構成し異なる季節に花を咲かせる183種の植物によって可能となっている。
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金沢から一時間ほどのところに、足をのばす価値のある寄り道が二つある。岩を削って建てられた那谷寺と、能登の海沿いに広がる白米千枚田だ。