17世紀、有田近くで磁器用の陶土が発見され、朝鮮の職人たちの技術が加わったことで、日本列島は徐々に中国磁器の輸入から離れていった。

侍の陶工と「秘窯の里」
当時佐賀県を支配していた鍋島藩は、有田から急斜面の村、大川内山へ窯を移転させることを決めた。製造技術を秘密に保つための方策だった。


だからこそ大川内山は「秘窯の里」として知られている。

入口の番所から人の出入りは厳しく監視され、産業スパイを防ぐため訪問者は出口で身体検査まで行われた。高度な技術を持つ陶工たちは、侍と同等に鍋島姓を名乗る権利を与えられていた。


大川内山で作られる陶磁器は「鍋島焼」としても知られている。江戸時代にはたちまち高貴な地位を得て、武家や将軍家のためのものとなった。
風光明媚な散策と歴史ある陶磁器
大川内山には現在も約30の磁器工房が操業している。その多くがこの先祖伝来の遺産を守り、広く知らしめるために一般公開している。


入口の橋が一瞬で雰囲気を作り出す。そこには二つの素晴らしい染付の磁器のフレスコ画が飾られている。


古い窯の一部は保存され、特徴的なレンガ造りのシルエットが村のあちこちに点在している。約20基がいまも稼働しており、細い路地を歩いていると粘土を焼く香りが漂ってくるかもしれない。

周囲の山の景色が、この往時の日本の絵葉書のような風景に一層の魅力を加えている。







伊万里地域で作られる磁器は、中国や朝鮮の影響を受けた独特なもので、日本列島の他の陶磁器とは一線を画している。しかし、この地のスターは、夏のそよ風に外で優しく音を奏でる小さな風鈴、「ふうりん」だ。
風鈴まつり
毎年6月中旬から8月末まで、大川内山の村では風鈴まつりが開催される。

かつてこの風鈴は、蒸し暑い夏に、澄んだけれど柔らかな音が涼しさを感じさせるとして使われていたようだ。


祭りの期間中、村のあちこちに何百もの小さな鈴が吹り下げられる。そのりんりんという音色が散策のBGMとして響き渡る。



風鈴はそれぞれ異なる音色を持っている。お気に入りを見つけて、エアコンを捨ててしまおう!



